診療日記

『国民皆歯科健診』について

最近、テレビや新聞において『国民皆歯科健診』制度が実施に向けて検討されていると報じられています。政府は令和7年度あたりから実施していけるか検討している様です。この様な状況をみて、国民の中で口腔の健康への関心が高まることは良いことだと感じております。

現在、日本では学校健診という枠組みで、幼稚園から小、中、高等学校の間は歯科健診が行われていますが、その後成人期においては40歳健診や事業所健診などの一部の健診を除いては、歯科健診の制度がないのが実情です。ですので、成人期の『健診』は各個人が『定期検診』や『メインテナンス』で定期的に歯科医院に通うことで行われてきました。しかし、日本におけるメインテナンス率(定期的に歯科医院に口腔管理のために通う人の割合)は、先進諸国に比較して著しく低いのが現状です。これが、先進諸国と比較して日本人の口腔内状況が悪い一つの原因と考えられてきました。そこで、制度的枠組みを作って『健診』として国民を歯科医院に受診させることで改善できないかというのが『国民皆歯科健診』の背景です。

しかし、よく考えてみると、日本の一般的歯科医療費は保険や自費も含め欧米先進国に比べ非常に安価であり、歯科医院数も多いので、国民にとって歯科医療へのアクセスはもともと日本の方が良いのです。そういった事実を考えると、根本的問題の解決には『国民皆歯科健診』制度という枠組みで半ば強制的に一度歯科医院に通わせるだけでは不十分で、それ以上の本質的なアプローチが必要なように思います。

また、現在行われている学校健診もそうですが、国民皆歯科健診の実際は『検診』で、問題の原因やリスクを見るのではなく病気を探すことが主となり『むし歯が何本?歯周病は何本?失われた歯は何本?』などの『どのくらい悪いか?』という事をスクリーニングする事が目的です。その上で治療勧告が行われ、一連の治療が行われるといった形になるのでしょう。日本の保険医療制度は『疾病保険』であり病気があって初めて恩恵を受けられるものですので、むし歯や歯周病があれば保険で治療がカバーされ、治療が終了すると受診終了という形になってしまいます。しかし、それでは前述の状況と何も変わらなくなってしまうのはお分かりいただけると思います。『疾病保険』のもとでは、口腔の健康の維持は難しいのです。

歯は体の他の部分と異なり、自然治癒が得られにくい部分で、いくら治療をして詰め物や被せ物やインプラントをしたところで、人工物で補ったというに過ぎません。本当に口腔の健康を保つには検診で悪い部分を探して削って詰めて、間に合わせの歯石とりを繰り返すだけでは守れません。口腔の健康を守るには、悪い部分を探すだけでなく、悪くなる理由(リスク)を精査し、どこかが悪くなってしまう前に、リスクをコントロールし続ける事が重要なのです。そして、これこそが先進国で行われている本当のメインテナンスなのです。

多くの人がこの重要性にお気づきになり、真の口腔の健康を守り、健康な人生につなげて欲しいと思っております。